M&Aで気をつけたい8つのポイント|事業承継・小規模M&Aにおける重要チェックポイント
M&A(企業の合併・買収)や小規模な事業承継を検討する際には、契約書や条件面だけでなく、税務・法務・財務・人事・営業面など幅広い観点から慎重な確認が必要です。ここでは、特に個人や小規模事業者によるM&Aで注意すべきポイントを、専門家の視点も踏まえながら詳しく解説します。
■ 1. 税務面での注意点
M&Aを進める上でまず重視すべきは税務面のリスクと対策です。譲渡に伴う所得に対しては「譲渡所得税」が発生し、事業用資産や設備、在庫などの売却には「消費税」の課税対象となることがあります。譲渡所得税については、売主が受け取る対価から取得費や譲渡費用を差し引いた金額に課税されるため、過去の帳簿や費用計上の正確性が後々重要になります。また、店舗設備や什器の売却がある場合は、それらが課税対象物件かどうかの確認も必須です。さらに法人のM&Aでは、繰越欠損金の引き継ぎ可否や、買収後に税務調査が行われるリスクの存在も見過ごせません。これらは合併形態や支配関係の変動によって異なるため、事前に税理士等の専門家と連携し、納税リスクや節税可能性を正しく評価することが重要です。
■ 2. 契約書・法務リスクの確認
M&Aにおいて締結される契約書は、トラブル回避の要です。特に事業譲渡契約や株式譲渡契約には、譲渡対象の明確化、対価の支払条件、表明保証、違約時の対応、引渡しの方法などが詳細に盛り込まれるべきです。譲渡後の債務や未払い請求への責任の所在をあいまいにしてしまうと、後から思わぬトラブルに発展することもあります。表明保証の条項には「訴訟リスクが存在しない」「資産が他に譲渡されていない」などの法的保証を求めることが一般的ですが、これを安易に削除したり曖昧に記載することはリスクです。また、契約書の不備は契約無効や損害賠償請求の要因ともなるため、弁護士や司法書士などの法務専門家にリーガルチェックを依頼するのが望ましいです。小規模M&Aでも契約書の重要性は変わりません。テンプレートを流用するだけでなく、実際の取引内容に即したカスタマイズが不可欠です。
■ 3. 財務の実態把握
M&Aで事業を引き継ぐ際には、対象となる事業や法人の財務実態を正確に把握することが欠かせません。過去3期分の損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書などの財務諸表を精査することにより、収益性・負債・在庫・未収入金などの状況が明らかになります。特に小規模事業ではオーナー報酬や経費の私的利用が多く見られるため、実質的な利益やキャッシュフローを再調整して見る必要があります。また、未払いの社会保険料や税金、未収金・滞納債務の存在も後から大きな問題に発展する可能性があるため、デューデリジェンスの過程でしっかりと確認しましょう。買収後に思わぬ債務が判明した場合、想定以上の出費が発生し事業計画に影響が出ることもあります。専門家の力を借りて、必要に応じて財務調査を実施することが望ましいです。
■ 4. 人事・労務リスク
従業員を引き継ぐ形でのM&Aでは、労務管理上のリスクや人材のモチベーション維持も重要な検討事項です。例えば、就業規則・雇用契約書の整備状況、社会保険や労働保険の加入有無、残業代・有給休暇などの未払金、問題社員の存在などが確認すべきポイントです。また、引き継ぎ後に従業員の退職が相次ぐケースもあるため、M&Aの目的や体制について事前に従業員への説明を行うなどのソフト面の配慮も重要です。特に地方の事業所では、従業員の離職が事業の継続に直結することもあるため、人事面の綿密な引き継ぎと、モチベーションの維持策が成功の鍵となります。事前に社会保険労務士と連携し、現状分析や労働契約の確認を行うと、より安心して引き継ぎが行えます。
■ 5. 取引先・顧客関係の確認
事業承継では、既存の取引先や顧客との関係が継続できるかどうかが事業の継続性に大きく影響します。主要な取引先との契約書の有無、更新タイミング、譲渡後の名義変更可否などを事前に確認し、重要な顧客に対してはM&A後の対応方針を説明しておく必要があります。特に売上の大半を特定顧客に依存している場合、その顧客との関係維持がM&Aの成功可否を左右する場合もあります。BtoCビジネスであれば、ブランド変更やサービス内容の変化が既存ユーザー離れを引き起こす可能性もあるため、譲渡後の移行期間中に段階的な対応を検討することが重要です。あらかじめ、主要顧客・取引先とのコミュニケーション戦略を練っておきましょう。
■ 6. 資産・契約の名義変更手続き
M&A完了後には、事業に関連する資産や契約の名義変更が必要となります。対象は、不動産の賃貸借契約、機材・設備のリース契約、電話番号・ドメイン・SNSアカウントなど多岐にわたります。名義変更に時間がかかる場合や、そもそも譲渡不可な契約も存在するため、事前に各契約書を精査し、承諾書や変更合意書を取り付けておくことが必要です。特にクラウドサービスや広告アカウントなど、個人名義での登録が多い場合は、新たな契約を締結し直す必要があるケースもあります。引き継ぎ後の業務がスムーズにスタートできるよう、チェックリストを作成して管理することが推奨されます。
■ 7. 譲渡価格の妥当性と評価方法
事業の価値を正確に見極めることは、M&A成功の鍵です。評価方法としては、直近の収益をベースにする「収益還元法」、純資産をベースにした「純資産法」、または同業他社との比較による「マーケットアプローチ」などが用いられます。小規模M&Aではこれらの評価法を複合的に参考にしながら、買い手が支払える範囲で価格設定を行うことが現実的です。また、買収後の投資回収期間(例:3?5年)も考慮したうえで、過大な買収金額にならないよう注意が必要です。譲渡価格の根拠となる数値・資料は、交渉時や契約書記載時に重要な証拠にもなりますので、しっかり準備しておきましょう。
■ 8. クロージング後のサポート体制
M&Aのクロージング後、一定期間にわたり売主によるサポートや業務引き継ぎが求められるケースがあります。この移行期間中に、業務の流れ・取引先情報・システム操作などのノウハウを引き継ぐことが、事業のスムーズな継続に不可欠です。また、引継ぎの範囲・期間・報酬などをあらかじめ契約書で明確に定めておくことで、トラブルを防ぐことができます。売主が退任後も一定期間は顧問として関与する形や、従業員の再雇用など柔軟な対応も視野に入れるとよいでしょう。事業譲渡は契約書を交わして終わりではなく、実際の引継ぎが完了して初めて「成功」と言えます。